2006年07月22日

A級戦犯とは?(その1)

 昭和天皇の発言を記したといわれる富田メモが発見され、来月の終戦記念日が近づくにつれて小泉総理の靖国神社参拝やA級戦犯分祀論などが再び注目を集めていますが、このブログで靖国問題を特集するにあたり、まずA級戦犯とは何かということから記すことにいたします。

 まずはじめに、戦犯とは何かという点についてですが、戦犯とは戦時下において、戦争犯罪を犯した者のことである。昨今の日本の学校教育の現場では戦争=犯罪と教えられている場合が多々あるようだが、第2次大戦当時において、侵略戦争は禁止されてはいたが、自衛を目的とした戦争は認められていた。また侵略と自衛の定義もその当事国が「侵略目的である」といえば侵略戦争であり、誰から見ても侵略戦争であっても当事国が「自衛を目的としている」といえば自衛目的の戦争となったのである。攻めた方が勝てば自衛戦争、攻められた方が勝てば侵略戦争というだけのことである。
 さて、少し脱線したが、戦争犯罪とは戦争をすることではなく、戦時下において戦争のルールを逸脱した行為のことである。当時の戦争におけるルールとは以下のものである。
@非戦闘員に危害を与えてはならない。
A軍事目標以外を攻撃してはならない。
B必要以上に相手を苦しめる兵器(有毒ガスなど)を使用してはならない。
C捕虜を虐待してはならない。
 但し、戦争犯罪を犯したとしても犯した全てのものが裁かれるというわけではなかった。相手側に捕らえられるか、若しくは、敗戦後の敗者のみが裁かれるものであった。

人気blogランキング ここまでで、第2次大戦当時の戦犯とはどの様なものか書いたところで、いよいよA級戦犯とは何か?という本題である。

 第2次大戦の戦後処理裁判として日本では極東軍事裁判(東京裁判)が行われたが、ドイツでもナチス指導者を裁くためにニュルンベルク裁判が行われた。このニュルンベルク裁判はドイツ指導者を如何に裁くかを協議した「ヨーロッパ枢軸国の重要戦争犯罪人の訴追と処罰に関する協定(ロンドン協議)」(1945年8月8日)に基づいて行われた。このニュルンベルク裁判では以下のように戦争犯罪を分類している。
ニュルンベルク裁判
A級:平和に対する罪、共同謀議
B級:通常の戦争犯罪
C級:人道に対する罪
 ドイツに関しては、1933年にヒトラーが首相になってから自決するまで12年間のナチス独裁体制が世界征服を目論んだ共同謀議とユダヤ人に対するホロコーストを裁かなければならなかったが、戦争を起こした個人を裁くという国際法は一切なく、ホロコーストという人道に反する行為も裁く国際法はなかった(但し、ドイツとその周辺国の国内法で殺人罪で裁くことは可能)。そこで、ロンドン協議において事後法ではあるが、A級、C級が創設されたそうだ。
 ただ、この点で注意しなければならないのは、A>B>Cと罪の重さが違うわけではない。ただ、罪状を便宜上分類しているだけであり、実情はA級が戦時下指導者、B級が現場責任者、C級が現場で実行した兵隊といったものである。現在の企業の仕組みでいうと以下のようなものとしたら分かりやすいんではないだろうか?
A級:経営陣
B級:中間管理職
C級:一般の従業員

 東京裁判ではこのニュルンベルク裁判で制定されたA〜Cの分類がそのまま転用されたわけである。そして、マッカーサーの指示のもと、東条をはじめとした戦時下指導者が逮捕され、A級戦犯として東京裁判にかけられることになったのである。但し、A級戦犯は靖国合祀されている処刑されたもの7名、公判中・服役中の死亡者7名ばかりがクローズアップされ、朝日新聞や進歩的知識人(バカたれ)らにはこの14名ばかりが極悪人かのように報道されているが、起訴された者が28名、容疑者だけでも100名を越すものであった。
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posted by たかっちゃん☆ at 16:05| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 特集(靖国問題) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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